リゾートバイト体験記13日目
7時50分起床。
働いているとどうあがいても必ずやってくる悪魔がいる。
ミスだ…不注意からや、避けられない理不尽なミスもあるけれど…
まさか1日で大きなミスを二つもしてしまうとは思わなかった。
夜、通常チェックインは夕方がピークで20時を過ぎることはほとんどない。
遅番だった私は、その珍しい後着のお客様のご案内をすることになる。
通常通り館内の説明をさしあげたあと、お部屋までご案内した。
しかし夕食の時間が迫っている関係で、私はもう一度この部屋のお客様を訪ねて会場までご案内しなければならない。
なぜならこのお客様は外国人で、日本語が通じないからだ。直接夕食会場までご案内するのはマニュアルには存在しないが、おもてなしのサービス精神だ
若干の使命感と万能感に浮かれているのが悪かった。私はあろうことか外国人のお客様がいる隣の部屋に「ハロ~?」なんて言いながら入ることになる。
通常、お客様が一度でも入った客室は断固として侵入禁止だ。たとえ、お客様から入ってもいいよと言われても。(例外的に入ることがあったとしてもドアは開けっ放し)
ただ状況が特殊だった今回。相手は外国人のお客様で、夕食時間は刻刻と終了までのカウントダウンを進めている。返事はない。私は覚悟をもってドアを開けてしまった。
(無論、5分程度何度も何度も呼びかけを行っていることを付言したい!)
ドアを開けて目に入ったのは、暗い部屋で寝ている方々。一瞬戸惑った。
「あれ?夕食時間すぐだっていったのに寝てんのか…?」
違う。ここ別の部屋だ…気づいた頃にはもう遅く、私は小さな声で英語をささやいていた。
お客様は怪訝な顔をして、私に一言「日本人ですよ」という。
私はどうしていいのかパニックに陥りそうになりながらも、必死で大変申し訳ありませんでした!!と90度直角のお辞儀をして丁寧に部屋を後にした。
フロントに帰った私は早速このことを報告する。書いた顛末書は掲示板に張り出された。さらし者になった気分だった。早く、早く明日の朝来る上役の人に責められたい。
生きた心地がしなかった…
この日はこれだけで終わらない。また外国人のお客様が来たのだ。
しかも予約なしで。
時間はすでに22時を回っている。観光地の22時は電車もなければ店もないし、あるのはホテルくらい。
その外国人のお客様はどうやら他のホテルから断られて、船に乗ってここにきたようだ。
乗せた船頭さんが困ったように「どうするかなぁ…とりあえずフロントさんお願いできる?」なんて言ってる。いつもお世話になってる船の人の頼みだ!なんとかしてみせよう!
なんて権限が私にあるはずもなく。すぐその場にいる最も年齢を重ねた社員Wに相談する。「困っているし、他にあてもない。部屋も空いてるわけだし普通に泊める対応だろうなぁ」なんて甘い考えでいた。
社員Wの出した答えは「泊めない」。一瞬耳を疑った。え?部屋空いてるよ?まじで?
さすがに疑問を口に出さないわけにもいかず、「部屋は空いてるようですが…」と絞り出すように丁寧に聞く。
「いや、部屋は空いていても準備してもらう必要がある。中居さんがこの時間いるかわからない。受け入れるのは無理だ。」
…あ、違う。この人違うわ。私はなんとなく察した。
そう、Wの言う通りなのだ。中居さんはこんなの知ったことじゃないから怒るだろう、愚痴を言ってくるだろう。
今ここにいない上役の人たちももしかしたらそうかもしれない。現場の判断で勝手に泊めれば怒るのかも。その時矢面に立たされるのはほかでもないWなのだ。
そう、Wの立場で考えればこの外国人を泊めるという選択はありえない。彼の意志は固く、そして選択はすでに決されたようだった。
外国人に泊まる場所がなくても、彼らがこのあとどこへいってどうなろうが、何を苦しもうが関係ない。そんな姿勢が見て取れた。
私は少しWに腹が立った。でもその立腹が理不尽で筋違いなのもわかっていた。
彼が保身を考えるのは当然だし、事実ビジネスである以上予約なしのお客様を断るのはなんら不自然ではない。
上からの指示なくして判断できないのも…いや判断しないのも社会人としては適切なのだろう。しかし私は人として行動したかった。
2,3言、Wに食い下がるが、言葉を重ねるほど当たりがきつくなりとうとう私に怒鳴るようになる。どうしようもなくなってきた。話にならない…
やや気は進まないが、外国人と直接交渉することにした。部屋は用意できない。だがロビーで一晩、チェックアウトのお客様よりも早く外に出てもらえば滞在を許せないか…?私がぎりぎり許されない権限で彼らを泊めたかった。
そんなことをしている最中も、背中からはWからの厳しい視線。一区切りつければ当然Wから勝手なことをするなと言われる。打つ手段もなくなってきた…
私とWが熱い冷戦をしてしばらく、副支配人がやってくる。やっとか…どこにいたんだよ副支配人…ようやく差し伸べられた救いの手に私は安堵した。
もちろん副支配人の出した答えは宿泊させる。当然だよな、当然だ。W、わからなかったのか?なんて心の中で毒づきながら、るんるんな足取りで外国人を案内した。
Wは直属の上司であるフロント課長に事後連絡をしたようだが、そこでも泊めて正解と言わんばかりの対応だったようで、Wはこの日終業まで居心地が悪そうだった。
なんだか自分も社会人として間違っている行動をとった気がしたので、Wに謝罪したのだが、返ってきた言葉は「次から気を付けてください」。
なんとなく、この人とはうまくやっていけないと感じた。